大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成7年(ワ)87号 判決 1996年12月12日

原告

金銀姫

ほか一名

被告

小嶋静也

主文

一  被告は、原告金銀姫に対し、金九一万四一三二円及びこれに対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告金斗煥に対し、金六万五八〇〇円及びこれに対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告銀姫に対し、一〇三三万八七四三円及びこれに対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告斗煥に対し、四四万一三四三円及びこれに対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を受けた原告銀姫(父親の相続分も請求)及びその父親の相続人である原告斗煥が、被告に対し、民法七〇九条により、それぞれ損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成五年三月三〇日午前二時二〇分頃

(二) 場所 神戸市中央区加納町四丁目四―四―一七先横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(登録番号 神戸五五え九七七六)

(四) 被害者 原告銀姫

(五) 態様 原告銀姫が本件横断歩道上を西から東に向かつて歩行中、被告が加害車を運転して左折後北進して来て同原告に衝突した。

2  原告銀姫の受傷内容及び治療経過(甲二、八)

原告銀姫は、右鎖骨骨折、左骨盤骨折、頭頂部挫創、右膝擦過創等の傷害を負い、平成五年三月三〇日から同年一〇月三一日までの二一六日間、井上外科病院で入院治療を受けた。

退院後、原告銀姫は、三一日間通院治療を受け、また神戸市立中央市民病院で右肩の形成手術を受けた。

3  被告の責任(被告本人、弁論の全趣旨)

被告は、加害車を運転して本件横断歩道の南側の交差点(以下「本件交差点」という。)を西から北へ左折して進行を続け、前方の横断歩道上を横断している原告銀姫を発見したのであるから、同原告の動静を十分確認し、前方注視を十分に尽くすべき注意義務があるのに、同原告がすぐに横断し終えるものと安易に考え、前方注視を十分に尽くさず、加速したため、同原告の後退を発見したものの衝突を回避できず、自車を同原告に衝突させたものであるから、被告には前方注視義務を怠つた過失がある。

従つて、被告は、民法七〇九条により、原告らに対し、後記損害を賠償する責任がある。

4  身分関係及び相続(弁論の全趣旨)

承継前の原告金天龍(以下「亡天龍」という。)は、原告らの父である。

亡天龍は、本件事故後の平成八年二月二〇日に死亡した。

亡天龍の債権債務は、妻具三順、長男金桂煥、長女金允姫、二男金正煥、二女金貞姫、三男金財煥、三女原告銀姫及び四男原告斗煥が相続した。

原告両名のその相続分は各一四分の一である。

二  争点

1  過失相殺

2  原告らの損害額

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲八、乙一、二、証人石井隆義、同原田弘、原告銀姫及び被告各本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件横断歩道は、片側各三車線(西側)と四車線(東側)の車道に設置されており、歩行者用の信号機が設置されていた。同歩道付近は、市街地であるが、本件事故当時、夜間で暗かつた。

(二) 原告銀姫は、本件事故直前、本件横断歩道に来て西から東へ横断しようとしたが、青点滅表示から赤色表示に変わつた直後であつたため、小走りで横断をはじめ、中央分離帯付近に来たとき、後ろから呼びかけられたと感じ、後ろを向き、後退しかけたところ、南から北へ向かつて進行していた加害車に衝突された。

(三) 被告は、本件事故直前、ライトを点灯して加害車を運転し、本件交差点を左折し、三一ないし三三・六メートル前方の本件横断歩道上を歩いて横断中の原告銀姫を発見したが、同原告が先に横断し終えると考え、そのまま北進を続けるとともに時速約四五キロメートルに加速し、一五メートル位に近づいたとき、同原告が後退しかけたため危険を感じ、急ブレーキをかけたが、一五メートル進行した地点で、少し後退した同原告に衝突し、同原告を八・一メートル位跳ね飛ばし、五メートル前進して自車を停止させた。その際の加害車のスリツプ痕は右車輪が八・七メートル、左車輪が八・四メートルであつた。

2  原告銀姫は、歩行車用の信号が青点滅の表示になつていたとき、本件横断歩道を横断しはじめ、中央分離帯までの三分の二辺りに行つたとき、同信号が赤色表示になり、その直後、後ろから呼びかけられて振り向いた瞬間、加害車に衝突されたと主張し、陳述書(甲八)の記載及び原告銀姫の供述中には右にそう部分があるが、証人石井隆義、同原田弘及び被告本人の各供述に照らすと採用できない。

3  右認定によると、原告銀姫は、信号を無視して横断を開始し、呼びかけられたと感じ、前方左右を確認しないで急に後退しかけ、加害車に衝突されたのであるから、同原告の過失は相当大きいといわざるをえない。

しかしながら、他方、被告は、前方の横断歩道上を横断している原告銀姫を発見したのであるから、同原告の動静を十分確認し、前方注視を十分に尽くすべき注意義務があるのに、同原告がすぐに横断し終えるものと安易に考え、前方注視を十分に尽くさず、加速したため、同原告の後退を発見したものの衝突を回避できず、自車を同原告に衝突させたものであるから、被告の過失も大きいというべきである。

その他本件に現れた一切の諸事情を考慮のうえ、原告銀姫と被告の過失を対比すると、その過失割合は、同原告が三〇パーセント、被告が七〇パーセントとみるのが相当である。

二  争点2について

1  原告銀姫の損害

(一) 治療費(主張及び認容額・四八八万〇三〇九円)

原告銀姫の損害中、治療費についてのみ被告の主張であるが、同原告も明らかに争わない。

(二) 入院雑費(主張額・三二万四〇〇〇円) 二八万〇八〇〇円

原告銀姫が本件事故により二一六日間入院したことは前記のとおりであるところ、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当であるから、相当な入院雑費は二八万〇八〇〇円となる。

(三) 滞在期間の一年延長による損害

(1) 学費(主張及び認容額・一〇九万五〇〇〇円)

証拠(甲三、九九、一〇〇、原告銀姫本人)によると、原告銀姫は、韓国人で、平成二年一〇月、留学のため来日し、本件事故により、大阪コミユニケーシヨンアート専門学校を一年間休学したため、一年間延長して同校に通学し、重複して支払つた学費が一〇九万五〇〇〇円であつたことが認められる。

右認定によると、本件事故により原告銀姫が重複して支払つた一〇九万五〇〇〇円の学費は、本件事故と相当因果関係がある損害というべきである。

(2) 家賃・家賃更新費(主張額・八二万四七〇〇円) 八二万二四一七円証拠(甲一〇一ないし一一二、原告銀姫本人、弁論の全趣旨)によると、原告銀姫は、本件事故により、一年間延長して滞在せざるをえなくなり、その間、次のとおり家賃・家賃更新費として八二万二四一七円程度支払つたことが認められる(なお、振込手数料は四一二円でなく、三〇九円とみることとする。)

63,0000×2+66,150×10+30,900+309×13=822,417

証拠(甲八、亡天龍及び原告銀姫各本人、弁論の全趣旨)によると、原告銀姫が予定どおり韓国に帰国した場合、両親のもとで生活をし、右家賃等に相当する住居費は不要であることがうかがわれるから、右支出は本件事故と相当因果関係がある損害というべきである。

(3) 国民健康保健料・ビザ延長印紙代(主張及び認容額・二万二〇〇〇円)

証拠(甲一一三ないし一一七、一一八の一・二、原告銀姫本人、弁論の全趣旨)によると、原告銀姫は、本件事故により、一年間延長して滞在せざるをえなくなり、その間、国民健康保健料・ビザ延長印紙代として二万二〇〇〇円程度を支払つたことが認められる。

右認定によると、右支出は本件事故と相当因果関係がある損害というべきである。

(4) 医療・電話・電気・水道代(主張額・三三万九六〇〇円) 二二万六四〇〇円

証拠(甲一一九ないし一五五〔一三九・一四二・一四三は各一ないし三、一四〇・一四一・一四四ないし一四七は各一・二〕、原告銀姫本人、弁論の全趣旨)によると、原告銀姫は、本件事故による一年間の延長滞在期間、医療・電話・電気・水道代として三三万九六〇〇円程度を支払つたことがうかがわれる。

右認定に諸般の事情を考慮すると、右各支出は、原告銀姫が予定どおり韓国に帰国した場合でも相当な支出が必要であるが、三分の二程度は余分の出費であると推認されるから、原告の相当な損害は二二万六四〇〇円となる。

(5) 衣服・通学費・食費・雑費(主張額・二二八万九六〇〇円) 二万〇二九〇円

証拠(甲一五八、一五九、一六〇ないし一六二の各一・二、一六四ないし一六七、一六八の一・二、一六九ないし一八二、一八三の一・二、一八四ないし二〇七、二〇八の一・二、二〇九ないし二三三、原告銀姫本人、弁論の全趣旨)によると、原告銀姫は、本件事故により左骨盤骨折をし、井上昌則医師に必要性を認められたため、仙腸装具を二万〇二九〇円で購入し、装着して使用したこと、同原告は、本件事故による一年の延長滞在期間、衣服・食費・雑費として相当の支出を要したこと、しかし、同原告は、一年間休学して実際に通学もしていないからその間の通学費を支出していないことが認められる。

右認定によると、仙腸装具代の二万〇二九〇円の支出は本件事故についての相当な損害として認めることができる。

しかしながら、右認定によると、原告銀姫は、一年間余分に通学費を支出してはいないから損害として認めることができない。また、衣服・食費については、原告銀姫が予定どおり韓国に帰国した場合よりも特に支出が増加した事情を認めることはできない。また、雑費につき、前記認定の入院雑費以上を相当な損害として認めるに足りる証拠はない。

(四) 慰謝料(請求額・三四七万二五〇〇円) 三四〇万円

本件事故の態様、原告銀姫の入通院期間並びに同原告は本件事故により一年間通学期間が延長となり、就職等に就く時期が遅れたことやその他本件に現れた一切の諸事情を考慮すると、同人の慰謝料を三四〇万円とするのが相当である。

(五) 過失相殺

原告銀姫の合計損害額は、右(一)ないし(四)を合計した一〇七四万七二一六円となる。

そこで、原告銀姫の右損害賠償請求権につき、前記三〇パーセントの過失相殺をすると、その後に同原告が請求できる損害賠償金額は七五二万三〇五一円となる。

(六) 損害の填補

本件事故による原告銀姫の損害に対して合計六七五万四七一九円の損害が填補されたことは、同原告も明らかに争わない。

従つて、その控除後に原告銀姫が請求できる金額は七六万八三三二円となる。

(七) 弁護士費用(主張額・一五三万円) 八万円

本件事案の内容、訴訟の経過及び認容額その他諸般の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては原告銀姫につき八万円とみるのが相当である。

2  亡天龍の損害

(一) 渡航費用(主張額・八七万九四三四円) 二四万円

証拠(甲四の一・二、九ないし一九の各一ないし三、二〇の一・二、二一の一ないし三、二二の一・二、二三ないし三〇の各一ないし三、三一ないし九六、亡天龍本人、弁論の全趣旨)によると、天龍は、本件事故により入通院治療を受けることになつた娘原告銀姫の看護、ビザの延長申請、出入国管理局での手続、警察・検察庁での取調べの付添及びマンシヨンの維持管理等のため、飛行機を利用し、韓国と日本を二〇回に渡り往復したこと、なお原告銀姫の母親も一回往復したこと、一回当たりの往復の航空運賃及びバス利用料金等がだいたい四万円程度であつたこと、亡天龍は、原告銀姫の入院中に一〇回往復し、その間の合計滞在期間が約一二二日間であり、退院後に一〇回往復し、その合計滞在期間が一二八日間であつたことが認められる。

右認定に原告銀姫の本件事故による受傷の内容、程度及び航空運賃等を総合考慮すると、亡天龍の原告銀姫のための往復は六回程度までは相当とみることができるが、それ以上は本件と相当因果関係を認めることはできない。

そうすると、相当な渡航費用は二四万円となる。

(二) 交通費(主張額・四一万一三七〇円) 一五万三〇〇〇円

証拠(甲二三四ないし二七九、亡天龍本人、弁論の全趣旨)によると、亡天龍は、原告銀姫の付添看護等のため、電車、バス及びタクシーを利用し、相当の交通費を支出したことがうかがわれるが、明確な交通費は不明である。

そこで、前記認定の原告銀姫の入院期間中に亡天龍が日本に滞在した期間が一二二日間であり、その後の同原告の通院期間が三一日間であることなどから、亡天龍についても一五三日間につき相当な交通費を認めるのが相当であり、諸般の事情を総合考慮のうえ、一日当たりの相当な交通費を一〇〇〇円程度とみることとすると、交通費は一五万三〇〇〇円となる。

(三) 電話代(主張額・四万〇五〇〇円) 二万円

証拠(亡天龍本人、弁論の全趣旨)によると、亡天龍が、本件事故により入通院していた原告銀姫と電話連絡をとる必要があり、そのため相当の電話代を要したことがうかがわれるが、諸般の事情を考慮し、二万円程度を相当な損害とみることとする。

(四) 休職損害(主張額・一四七万五二八〇円) 七〇万三〇〇〇円

前記認定の原告銀姫の本件受傷の内容、程度等に照らすと、亡天龍主張の休職損害をそのまま本件事故についての相当な損害とみることはできないが、前記認定等を考慮のうえ、亡天龍が原告銀姫の付添看護をしたとして相当な付添看護費用分を亡天龍の休職損害とみることとする。

そこで、原告銀姫の入院期間中に亡天龍が日本に滞在していた一二二日間につき一日当たり五〇〇〇円、原告銀姫の通院期間の三一日間につき一日当たり三〇〇〇円の各割合による合計分が相当な休職損害となる。

するとその合計額は、七〇万三〇〇〇円である。

(五) 韓国での和解金(主張額・二三二万二二二〇円) 〇円

証拠(甲四の一、亡天龍本人)によると、亡天龍は、原告銀姫の看護等のため、何度も来日し、本の出版の仕事が遅れたため、その損害金として一七〇〇万ウオン(二三二万二二二〇円程度)を和解金として支払つたことがうかがわれる。

しかし、原告銀姫の本件受傷の内容、程度等に照らすと、本件事故と亡天龍の右和解金の支払との間に相当因果関係を認めることはできない。

(六) 過失相殺

亡天龍の合計損害額は、右(一)ないし(四)を合計した一一一万六〇〇〇円となる。

そこで、亡天龍の右損害賠償請求権につき、前記三〇パーセントの過失相殺をすると、その後に同人が請求できる損害賠償金額は七八万一二〇〇円となる。

(七) 相続

天龍が、本件事故後、死亡し、三女原告銀姫及び四男原告斗煥は、天龍の債権債務を各一四分の一宛相続したことは前記のとおりであるから、同原告らが被告に請求できる金額は、それぞれ五万五八〇〇円となる。

(八) 弁護士費用(主張額・一〇五万円) 二万円

本件事案の内容、訴訟の経過及び認容額その他諸般の事情を考慮し、原告銀姫及び原告斗煥の損害に関して本件事故と相当因果関係のある弁護士費用はそれぞれ一万円とみるのが相当である。

第四結論

以上のとおり、原告らの請求は、被告に対し、主文第一、二項の限度で理由があるからその範囲で認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田勝年)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例